Stories

生まれ変わり

土から新芽が顔を出すように、わたしの2023年がゆっくりと動きはじめた。

身体はほとんど回復して、会話も元通りにできるようになった。
施術のお仕事は8日から営業を再開した。
いつも以上に常連さんと話をするのが楽しくて、健康のありがたみを痛感した。

年が明けたあと、リハビリを兼ねておさんぽをしようと、久しぶりに一眼レフをひっぱり出した。
空を見ると、太陽が傾きはじめて、雲がオレンジ色に照らされている。

近くの田んぼまで夕日の写真を撮りに行くことにした。

そのときはまだ体調が不安定だったので、
ウルトラライトダウンの上にダウンジャケット、
マフラーをぐるぐる巻きにしてニット帽をかぶり、手袋をつけて完全防備。

丸くなった肩からトートバッグがするすると落ち、感覚が鈍っているわたしは
地面に落としても数歩進んでから振り返って気づく、という有様だった。

何度か落として、雪だるまのような姿でゆっくりかがんでバッグを拾い、また歩きはじめた。
そうこうしているうちに夕日がどんどん沈んでいく。

少し焦りながら、空がひらけている場所までのしのし歩いた。

そのとき。

ガシャン!!!と派手な音。

はっとして振り返ると、
トートバッグとは反対側の肩にかけていたカメラが地面に落ちていた。

嫌な予感がしつつ、そこまで戻って拾い上げた。

見ると、レンズを保護しているフィルターがバキバキに割れていた。

中のレンズに傷がついていないか確認するためにフィルターを取り外そうとしたけれど、
衝撃が強かったせいでフィルターの枠が歪んで食い込み、力を込めても動かない。

スイッチを入れると、「メモリーカードが挿入されていません」と表示された。
ちゃんとカードは入れてあるから、カメラ自体がバグってしまっているようだ。
ボタンも反応せず、画面が真っ暗になった。

どうしよう・・・

一旦電源スイッチを切ってメモリーカードを取り出し、また元に戻す。
それを何度か繰り返したら、操作ができるようになった。

ほっとして、シャッターを切った。

写真はちゃんと撮れている。
あとはレンズの傷だけが心配だった。

自分ではどうしようもないから、写真屋さんへ持っていって相談してみよう。
心を落ち着かせながら家へ戻った。

カメラを落としたことはすごくショックだったけれど、
拾い上げる前からなんとなく予想はできていて
割れたフィルターを見た瞬間、心のどこかでスッキリしている自分もいた。

なんだか、古い自分を脱ぎ捨てたような、厄落としをしたような気持ちになったからだ。

家に戻るとまた身体がだるくなり、それからは部屋の中で大人しくしていた。

数日後、地元にある老舗の写真屋さんへカメラを持って行った。

そのお店は、わたしたち家族が昔からお世話になっていたところで
店主の加川さんはいつも親身にカメラのことを教えてくれる。

近くにある芸大の学生の溜まり場にもなっているようで、
古いフィルムカメラを直して安く販売したり、学生と一緒に出かけて撮影会をしていたりもする。

楽しそうに撮影のことやカメラの機能について話す姿を見ていると、
心から写真が好きなことが伝わってきて
「わたしももっと一眼レフで写真を撮ってみよう」という気持ちにさせてもらえる。

割れたフィルターを見せて相談すると、あれこれ方法を試してくれ、
最終的にはピンセットでガラスを取り除いて、どうにか外してもらうことができた。
新しいフィルターを付けてもらい、無事に戻ってきた姿を見て、心の底からほっとした。

フィルターを替えてもらっている間、お互いの今の生活や、これからやりたいことについて話をしていた。
それぞれに理想は持っているけれど、なかなか進まない現状に焦ったり、
目の前のことでいっぱいいっぱいになったりすることもある。

どんな話の流れだったか、加川さんが
「みんなそれぞれのフィルターを持っていて、自分でその景色を見せているだけなんだ」と言った。
わたしは大きく頷いた。

そして気がついた。

きっと、だからあのときフィルターが割れてスッキリしたんだ。

この出来事は今のわたしに、「自分のフィルターを壊しなさい」と教えてくれたのかもしれない。

時計を見ると、いつのまにか2時間ほど話し込んでいて、お礼を言って写真屋さんを後にした。

そのあと近くのスーパーへ寄ったら、ホームページを作ってくれた友人にばったり会った。
ちょうど実家に帰省していて、買い物を頼まれたのだそう。
打ち合わせをするのはいつもパソコンの画面越しだったから、直接顔を見るのは数年ぶりだ。
お互いの近況を話して、直接ホームページのお礼も伝えることができた。

その翌日は、中学卒業以来会っていなかった同級生がお客さんとしてお店に来て、
その2日後は、ときどき遊びに行く平田寺というお寺の方と電車の中で遭遇した。

12日からは「ライターズ・イン・レジデンス」というライター向けのイベントで、

広島の尾道に滞在している。
昨年5月に訪れて以来、ずっと戻ってきたかった場所。
電車の中から海が見えた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。

前回お世話になったひとたちに、1mmずつでも、わたしは前に進んでいることを報告したかった。

次から次へといろんなことがあって、心が100%晴れる日は少ないけれど
自分の気持ちに正直に、土から芽が出るようなスピードで

わたしは前に進んでいるんだ。