Stories

旅暮らしと、そのあいだ

8月末、長野から北名古屋の家に帰ってきた。

相変わらずバタバタしていて塩屋の記事も途中だけれど、

近況報告も兼ねて、今のことを書きたいと思う。

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今回は1ヶ月半ほど家を空けていたので、
この家でどんな暮らしをしていたのかを忘れかけてしまっていた。

鍋を取り出して味噌汁を作ろうとしたけれど、煮干しがない。

流しの下の扉を開けると、お酢もみりんも醤油も、調味料がほとんどない。

少し間を置いてから、実家や塩屋のシェアハウスに持って行ったのだったと思い出す。

朝ごはんを食べるとき、コーヒーと水を用意して、はたと立ち止まる。

そうだ、リネンのコースターをふたつ一緒に使っていたのだ、と気づいて取り出す。

長野では、裸足で田んぼに入って草取りや麦刈りを手伝ったり

山の麓にある温泉街で、旅館の手伝いや施術をさせてもらったりしていた。

自然のそばから離れて北名古屋へ戻ると、

片田舎だと思っていた地元が、大きな街のように感じる。

車もひとも多く感じる。

野生化した自分をどうしようかと戸惑いつつ、

夜になると虫の鳴き声が聞こえてきて、少しほっとする。

今年は、ときどき帰って寝るだけの部屋。

外から聞こえてくる音が
カエルの合唱からセミの鳴き声になり、あっという間に鈴虫の声に変わっていた。

家に帰って初めにすることは、部屋のそうじ。

窓を開けて風を入れ、掃除機をかけてトイレの床を拭き、シーツを洗う。

それからバックパックを開けて、ぎゅうぎゅうに押し込んだ荷物を取り出し、

歯ブラシや化粧品、カメラや本をひとつずつ元の位置に戻す。

海外でも日本でも、同じことを繰り返していると

この作業はなんだか儀式みたいだなと思う。

生活用品を元の位置に戻しながら、

高揚した気分を落ち着かせて、この場所での日常へと戻っていくような。

たまに行くフィリピン食材店で、顔なじみの店員さんに

「いつ帰ってきたの?」「今度はどこに行ってたの?」と声をかけられた。

お互いの近況を聞き合って、飲みものを注文しようとすると

「今日もマンゴーシェイクでしょ」とにっこり笑った。

「家を借りたままなの、もったいないんじゃない?」と、ときどき言われることがある。

確かにそうだとは思うけれど、まだこの家を手放せそうにはない。

ここにはわたしの日常があるからだ。

いろんな場所を行き来するようになって、

非日常の空間が日常になったり

日常だった場所を非日常に感じたりするようになった。

わたしが旅先で特に見たいのは、その地域にある日常だ。

わたしにとってはそこに暮らすひとの「いつもの光景」が特別で、

その美しさにあこがれる。

自分のまちや暮らしを愛するひとたちに出会えると、なおさら嬉しい。

みじめに思うことや、悲しみ、イライラすることがあっても

ちいさな喜びをみつけて、くだらないことで笑う。

それぞれの場所にある日常が、これからも守られていったらいい、と思う。

今日から、豊田市で開催される「橋の下世界音楽祭」の手伝いがはじまった。

微力ではあるけれど、お祭りを支えるスタッフさん向けに施術をさせてもらう。

きっかけは、今年の春ごろに県外に住む仲間からおすすめしてもらったこと。

お祭りの動画を観てその世界観に圧倒され、主催の方のインタビュー記事を読んだ。

「国やひと同士が分断されそうになっても、自分たちは好き勝手にやる。
隣にいるひとたちと、勝手に仲良くする」。

夢中になって記事を読み、居ても立ってもいられずに

主催である愛樹さんへメッセージを送ったのだった。

今年のはじめに読んだ、高畑勲さんの「君が戦争を欲しないならば」という本には

こんな内容の文章が紹介されている。

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古代ローマ時代にできて、ずっと伝わってきたフランス語の言葉があります。

Si tu veux la paix, prêpare la guerre.
英語にすると
If you want peace, prepare for war.

「君が平和を欲するならば、備えよ、戦争に」

という警句です。

この思想に基づいて、西洋近代では列強が軍備を増強していくわけです。

ところが、第二次世界大戦以降の世界がこの警句どおり、

再び戦争に向かって動き出していたとき、

一種の言葉遊び、ダジャレで警句を見事にひっくり返した人がいたのです。

20世紀フランス最大の民衆詩人、ジャック・プレヴェールです。

Si tu ne veux pas la guerre, rêpare la pax.
英語にすると
If you don’t war, repair peace.

「君が戦争を欲しないならば、繕え、平和を」。

プレヴェールがこう呼びかけたのは、南仏での大きな反戦集会に集まった若者たちにでした。

当時フランスはベトナムなどの独立を阻止しようとインドシナで戦争をしていました。

東西の冷戦は激化し、米ソの核兵器開発競争が進み、西ドイツの再軍備が日程にのぼっていました。

プレヴェールは言います。

踊れ、すべての国の若者よ。

踊れ、踊れ、平和とともに。

平和はとても美しく、とても脆い。

やつらは彼女(「平和」は女性名詞なので女性扱いなのです)を背中から撃つ。

だが平和の腰はしゃんとする、きみらが彼女を腕に抱いてやれば。

そして詩の最後をこう締めくくります。

もしもきみらが戦争を欲しないならば、

繕え、平和を。

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今日は北名古屋の仲間にも手伝ってもらい、

ほとんど施術台や荷物の運び込みで終わってしまったのだけれど、

ボランティアスタッフの方と話をしたり、主催メンバーの方に会場を案内してもらったりした。

「紙吹雪1枚、釘1本残さないように」と全員が徹底しているらしく、

スタッフの方は歩きながら見つけたちいさなゴミを、毎回かがんで拾っていた。

犬のさんぽでふらりと来た男性が、「何日も前から準備してるね、大変だね」と声をかける。

主催チームの方をはじめ、会場をつくる方も、

ボランティアスタッフの方も、まかないを出してくれる方も、

みんな手弁当で日本各地から集まってくるのだ。

本祭まであと少し。

2012年に始まったこのお祭りは、干支をひとめぐりして今年で13年目を迎える。

13日からの3日間、ここにどんな世界が生まれるのだろう。