Stories

インドに映る

 

2012年3月1日

深夜、特に遅れることもなく、インドの空港へ到着した。

機内持ち込みにして足元へ押し込んだバックパックと、隣には大柄な中国人。
身動きの取れない席から、ようやく解放された。

映画や写真や噂話からも想像していたけれど、聞いていた通りの光景が目の前にあった。
夜の空港のゲートでは、カモになる旅行者を見極めるように

眼光の鋭いインド人の客引きがわんさか待ち構えている。

そこは、インドに到着したばかりの旅行客やインド人のざわめきで、妙な活気に満ち溢れていた。
好奇心と緊張感と、「ついにインドに上陸した」という実感で、鼓動が速くなった。

初日のホテルは日本から予約しておいたので、迎えに来てくれたホテルのスタッフに名前を告げ、
生ぬるい空気の中、車で荷物ごと運んでもらった。

「車に乗せてもらった」というには、あまりにも雑な扱いだった。
急カーブでもないのに、あっちこっちに体が傾く。

インド人の運転は車間距離が恐ろしいほど近く、しかもスピードが速すぎる。
なぜもっとオリンピックで活躍しないのかと思うくらい、その反射神経の良さに目を見張る。

日本でぬくぬく生きてきた私は、揺れ動く体を必死に支えながら
車がぶつからないよう、辺りに目をこらしていた。

到着したホテルは、迎えの車から想像するよりもずっと広く清潔で、
スタッフは私の荷物を持ち、ホットシャワー付きの部屋へと案内してくれた。

けれども、長い移動で疲れたせいか、ゆっくりとくつろぐ間もなく眠ってしまった。

今思えば、このインド旅最初で最後の贅沢なホテルだったのに・・・。
もったいないことをした。

3月2日

インドの朝は早い。

窓の外を通りすぎて行く物売りの声や、どこからか流れてくるインド楽器の音で目が覚めた。
寝ぼけた頭に街の喧噪が流れ込み、ぼんやりと実感が湧いてくる。

「そうか、私はインドに来たんだ」。

初日に出会った日本人とデリーの街へ繰り出すと、
インドの道を歩き慣れないわたしたちは、すぐに何かとぶつかりそうになる。

あちこちで寝転ぶ犬、残飯を漁る牛、車、バイク、屋台、
自転車の後ろに座席をつけてお客を運ぶ「サイクルリクシャー」、
ベコベコにへこんだ傷だらけの大型バス、大量のゴミの山に、物乞い、物売り、人の波・・・。

「ナマステ〜」「ハロージャパニーズ!」とあちこちから声をかけてくる人々。

最初は警戒していたけれど、仲間と別れ、1人で屋台に立ち寄ったり、
靴屋のおじさんと話をしたり、写真を撮ったりするうちに、少しずつ心を開けるようになっていった。

物乞いの人に声をかけられた。
物売りの子どもを断った。
みんな自分の場所から声を上げ、全身で生きている。たくましいパワーがにじみ出ている。

自分の意志で歩き出し、人と触れて、言葉を教わり、一緒に笑い合っていると、
心を閉じているときよりも「こういう時間」が大事なんだと、ふと気づかされた。

騙そうとしてくる人もいるけれど、
ただ「ありがとう」と言われたい、おせっかいでおちゃめな少年のような人たちばかりだ。

わたしも五感をフル回転させて、全身でこのインドを感じてみよう。